M-1 プリーズ・ビー・カインド / 「ソング・イン・ア・メロウ・ムード」より (3:34)1954年
もし完璧な歌い方というものがあるとすれば、このエラのような歌い方を言うのかも知れませんね。このアルバムは、エリス・ラーキンスのピアノだけをバックに情感豊かに歌っているエラの50年代の傑作と言われています。録音は1954年です。ほんと、どの曲聞いても素晴らしいです。この1枚は是非持っていて頂きたい作品です。タイトルの通りメロウなムードでいっぱいの作品。
M-2 サヴォイでストンプ / 「エラ・アット・ジ・オペラ・ハウス」より (5:13) 1957年
ここではまるで楽器を演奏するように声を使いこなす彼女の実力が発揮されている唱法が聞けます。軽やかでとても優雅にスイングしています。エラはリズム感、スキャットのアドリブ、表現力を全て持ったシンガーではないでしょうか。バックにはオスカー・ピーターソンが参加。乗らずにはいられないですね。スキャットが始まり、スピードに乗り出した時のグルーヴ感を聴いて下さい。伸び伸びと自由に歌っています
M-3 レッツ・コール・ザ・ホール・シング・オフ
/ 「シングズ・ザ・ジョージ・アンド・アイラ・ガーシュイン・ソングブック」より 1958年 (4:30)
エラは多くのソングブック作品集を残しています。以前16枚組のボックスセットでも発売されていました。コール・ポーター、ロジャース&ハート、アーヴィング・バーリンなど。この曲は1937年の映画「踊らん哉」のナンバー。フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが歌い人気になりました。ポテト、ポタト・・トマト、トメイトという具合にイギリスとアメリカの発音の違いを歌詞にしたユニークな歌。
M-4 ビギン・ザ・ビギン / 「ジャズ・アット・ザ・サンタモニカ・シビック’72」より (4:27) 1972年
この作品はノーマン・グランツのプロデュースによるオールスター・ジャム・セッションのライブを収録したもの。サンタ・モニカでの72年ライヴです。J.A.T.Pとカウント・ベイシー・オーケストラ、エラ・フィッツジェラルドなど。ビッグ・バンドをバックにダイナミックに歌うエラは圧巻です。カウント・ベイシーのステージは生き生きしています。エラはベイシー・サウンドにゆったり乗ってスインギーに歌います。
M-5 ジー・ベイビー・エイント・アイ・グッド・トゥ・ユー / 「テイク・ラヴ・イージー」より (4:02) 1973年
エラとジョー・パスの二人の味わい深いバラード集で晩年の傑作です。最初に紹介しましたエリス・ラーキンスとのデュオの雰囲気です。エラはバラードもほんと上手いです。歌詞を大切に歌いながら、じっくり聞かせてくれます。説得力がありますよ。エラは72年に眼病のため一時引退状態にあり7月のカーネギー・ホールでのコンサートで復帰。このアルバムはその直後の8月に録音されたようです。
【 ここより ス’ワンダフル:エラ・イン・ジャパン 】
このライブのテープがあるということは知られていたのですが詳しいメンバーや具体的な録音場所、録音日時についてのデータが残されていなかったので未発売のままだったようです。
発売までに至ったお話はジャズ・ライフ6月号に詳しく書かれていますので読んで下さい。
M-6 チーク・トゥ・チーク / 「エラ・イン・ジャパン」より (3:47) 1964年1月
VERVE B0015305-02
2011年4月に世界1万セット限定で米ヴァーヴより発売されました。「スワンダフル:エラ・イン・ジャパン」2枚組です。1964年に日本でライヴ録音されていた世界初登場の未発表音源です。このCDはアメリカ発売なのですが 資料をまとめ 発売に貢献したのは日本人ジャズ評論家後藤誠氏です。マーク・マイヤーズ氏からの二つの質問から解明が始まりました。
「1963年の末にエラが日本を訪れている。その具体的な日程を教えてくれ」「you tube上にエラがその時に収録したTV出演の映像がアップされている。 バックの日本人オーケストラの名前を知りたい」と さてさて・・・
M-7 パーディド / 「エラ・イン・ジャパン」より (6:59)
調べて行くうちに日程、何処のホールで開催されたか、チケット代金などが判明していきます。残された1枚のチラシに「ターゲット・プロダクション」と書かれていた。この事務所は大阪にあったのです。 高級ナイトクラブ「アロー」の支配人だった古川益男さんの芸能事務所の名前。そこにエラとの共演となった北野タダオとアロー・ジャズオーケストラが所属していました。随分後半にアローの演奏が聞けます。
M-8 ス・ワンダフル / 「エラ・イン・ジャパン」より (2:34)
このコンサートのなかで一つ注目すべきことがありました。それがこの曲に収まっています。エラの歌う歌詞をじっくり聞いていて下さい。日本語が出てきます。当初はコンサートに関わった古川氏の提案でエラに五木の子守唄を歌わせたいと。短時間での編曲が難しくこの曲を一部日本語で歌うことになったようです。ショーマンシップに溢れたエラのステージングは素晴らしいですね。

